東海道筋です。ガイド灯81番

 陽炎の池

 このガイド灯の奥、京阪沿線に膳所焼資料館があります。「小堀遠州(遠江守政一)元和(江戸前期1615.7.13~1624.2.30)八年に近江奉行になっている」菅沼定芳(五代)は本阿弥光悦、小堀遠州などと親交を持ち、寛永(1624.2.30~1644.12.16)六年に膳所新堀川の左岸、湖岸近くに御用窯を築き贈答用として茶器を造らせました。お庭焼で膳所焼の起源であります。明治十一年以来中絶している膳所焼の廃絶を惜しんだ地元の岩崎健三が、大正8年(1919)京都清水焼の伊藤陶山の指導を受け、山元春挙の協力を得て、陽炎の池のほとりに膳所焼窯を再興されました。息子の岩崎新定に継承され今に至ります。その工房を陽炎園としました。陽炎の池は謡曲「田村」にも出てまいります天下の名池です。その膳所焼資料館を過ぎますと、粟津神社が有ります。

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