東海道筋です。ガイド灯22番   

眼の図子(がんのづし)

このガイド灯より北へ少し行くと、縁心寺の脇に現膳所高校に繋がっている小路があります。この小路を眼の図子と呼びます。これは縁心寺に墓のある初代藩主戸田一西の戒名

「正眼院殿・・」の一部の「眼」を取り「がんの(ず)づし」称したことによるようです。

世界大百科事典内の図子の言及【小路】より…中世においてはしばらく他所に姿を隠すことを小路隠れといい,近世になるとそれは幼児の遊戯と化した。この小路隠れはおそらく,中世に新しく開発・造成した小路を〈辻子(ずし)〉(または〈図子〉)といい,その道筋には遊女街が形成されるなど特異な都市空間として認識された袋町を成立させていたことと関係があるのであろう。【小田 雄三】。…※「図子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。