東海道筋です。ガイド灯83番

 赤穂浪士赤垣源蔵一族のお墓

  このガイド灯の前のお寺は妙福寺といいます。1605年僧蓮常院日栄が開基し徳栄山妙福寺と号す。日蓮宗大津本長寺の末派である。この裏側に法性寺があります。赤垣源蔵本名赤埴(あかばね)源蔵といいます。その赤埴家一族の墓13基あります。菩提寺です。

藩主俊次の長男康長の法名法性院をとって寺号とした寺で、法華宗陣門流で、遵義堂の初代頭取(校長)赤埴重助をはじめ赤埴家の墓、刀剣研師藤井真次郎などの墓があります。。京極高次が大津城に安置していた四天王を、初代城主戸田一西が膳所城天守閣に移し、本多康慶が霊夢により正徳(1711.4.251716.6.22三年四月当寺にお堂を建て移したものであります。木造の高さ八寸五分、聖徳太子の開眼で秦野河勝の作と云う。

膳所の東海道筋を歩いてこられた方々は、お気づきだろう。膳所城下には各宗各派が三十四ケ寺もあった。その中でも法性寺は十ケ寺と称し一般寺院と藩の待遇を異にしていた。

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